CaptainArakawa’s diary

ソロツーリングが好き!

手紙

手紙って、みんなどうしてるんだろ?

大事に取っておく?捨てちゃう?

自分は大事に取って置くほう。

なんかの時にふと見返して

ああ、そう言う事もあったよね、って物語の追認とあるんだけど、その手紙自体の裏側

これを書いてるキミの

封筒に入れて切手を貼ってるあなたの

その姿がその紙を通じて伝わってくる

そんな装置なんだよね、手紙って

だから

読み返すと

その文字の向こうのキミに会いたくなる

その時間のキミではなく

それは、文字の向こうで同じように別の場所で時間を刻んだキミ

やあ、久しぶり、あれからどうしてた

なんて、ずっと話してたい

 

そう言えば鳴門の牙

高校野球の季節

関西育ちの自分には夏イコール高校野球って感じで、時計のなかに入ってるんだよ。

それくらい身近なもので

子どもの頃は阪神電車で甲子園行って外野席から観てたり(タダだったからね)

高校生ともなれば、同学年の高校生たちが戦っているのを横目にスタンドで売り子してたり、とにかく夏は甲子園だったんだよね。

それが、関東にきたら、そこそこ話題には上るけど、関西ほどの熱量なくて、だんだん自分からも遠くなっていった感じ。

今や気候変動の影響でナイトゲームだったり、7回制が議論されたり

水島新司さんがご健在ならどう言っただろうか。

ブルートレイン高校が明訓の難敵になって…

んな訳ないか…

ライバルはやはり鳴門の牙犬飼小次郎率いる土佐丸高校が一番手だよ

鳴門の牙……

水島新司らしい、大雑把な地域感

北の狼、南の虎みたいな…

野球狂の唄のロケで紀伊田辺に降り立ち弁慶像を見て弁慶高校をイメージした様な

地図よりも音

細かい設定より、パッと頭に浮かぶ絵面

思い切りのいい作家さんなんだなって

多少、物を書く人間として

あの思い切りのよさ

音感のセンス

見習うべき事の多い作家さんです。

また、ドカベンよんでみたくなった

面倒くせぇ世の中に……

ガラの悪い……いや、頭のわるい……いや、偏差値の低い……ま、つまり程度の良くない学校は、そうでない学校に比べてやたら規則多いのよ。

しかも、ホントつまらない規則がさ。

一時期話題になったブラック校則ってやつですか。自分の行ってた学校もそう。

守らない、言う事を聞かない俺たちも悪いんだけどね。 

方や、制服もなく、生徒の自主性に任せ自由な学校もあるんだよね。

とにかく自分の行ってた学校なんてなんでもかんでも規則で縛って、ちょっと違反したら自宅謹慎だ停学だって。

それを、今度は国がやるの?

つまんない規則作らなくても、大事なもんは自主的に大事にするし、なんかするやつはそこに主張があるんだから放っておけばいいじゃん

と、思うんだよね、自分は。

国から自宅謹慎や停学処分くらう時代って……

まあ、みんなそれでいいなら、いいか……

 

よくねぇよ!

気がつけば群馬

最近年々バイクに乗る時間、いや乗れる時間が減ってきた。忙しくなったから?いやいや、どんだけ忙しくても好きな事するための時間を作ることはできる。

そこじゃなくて、季節よ季節。冬は昔はあまり走ろうなんて思わなかった。だって寒いしさ。けど、最近は良い防寒具がたくさん出てきて、電熱仕込んで着る、あるいははめるコタツみたいなのも出てきたから寒くて辛いもかなり解消される傾向で雪や凍結さえなきゃ走ろうかなと、けどね暑いのは、こりゃもう、どうしようもないわけですよ。バイクは風受けて涼しいみたいに思うでしょ。

んな訳ないんですよ、もう、ここ最近の夏なんて受ける風も熱風さ、ずーっとドライヤーの風浴びながら走ってるようなもんですよ。

それでなくても、バイクは装備品だらけ。足元ブーツで、パンツもプロテクター入ってたり生地も厚めだったり。上着も当然長袖で、とどめはヘルメットさ。

ドライヤーの風浴びながらのこの装備。

バイクから降りてヘルメット外したら汗の顔面シャワーっす。

事ほど左様に夏のツーリングは難行苦行。

と、すれば、春雪が溶け梅雨の前までのこの時期には隙があったらグッチィくんと旅へ

冬は凍結怖いし、秋も落葉怖いので海に行きがち。という事で春から初夏にかけては山ですよ。

関東の南側に住んでると三方向に山ありますから今日は東へ、明日は西へ、次は北を目指そうか、なんて色々楽しめるのに……

気付くと群馬にいる不思議。

なぜ群馬?何かあるわけでもないんですよ、個人的に。温泉、ええ、そりゃ群馬は名湯多いですよ。でも、東にも西にも良い温泉はありますから隣の栃木でも、手前の埼玉でも、先の長野や新潟でも、なのに群馬、なぜだか群馬、気がつけば群馬。榛名、赤城、妙義どの山もいいんです。

この時期の若葉の眩しさ。一斉に咲き出す花々、ああ、麗しの里群馬。群馬いいとこ一度はおいでと宣伝してしまうくらい群馬なんです。

別に好きなわけではないんですよ、なのに不思議と愛着を覚えてしまう魅惑の群馬、さあ、今週末も天気良さそうだし、群馬へGO!

#群馬 #ツーリング #モトグッチイ

そう言えばキャンディーズの話

自分達の世代って、もう圧倒的にピンクレディ派だったんだよね。キャンディーズはちょっと上の世代でさ。でも自分はキャンディーズが好き。

近所にいる優しいお姉さんみたいな雰囲気が心地よかった。

見ごろ食べ頃で見せるコメディエンヌとしての面白い感じもよかった。そりゃ、もちろん画面通してだからそれがすべてではないだろうけど愉快なお姉さん達だなって

かと思えば歌ってる時の感じはまた違って、曲によっても表情が全然違って。

わな、大好きだったな。

ミキちゃんのメインボーカル

なんか声が大人っぽくて

よく通る道の途中にスーちゃんのご実家があって。その辺り通るたび

ああ、この辺りに居たんだね

ここの小学校に通ってたのかな……

なんて

今や、蘭ちゃんを見かけるくらいだけど

いつまでも若くて元気で

変わらないなぁ

って、嬉しくなる。

画面の向こうとこっちが別れてた

いい時代だったんだなぁ

 

 

天下をとらない成瀬さんの話

ちょくちょく、降って湧いたように出会った女子の話を書いてるのは、せっかく何かの縁で出会ったのだから覚えておきたいなって思うから。

アサヒが満を侍して出したスーパードライ。1987年3月発売なんだけど、それに先駆けて二月頃池袋のサンシャイン展示場でフードエックスジャパンと言うイベントでバイヤー向けに試飲会が催され当時イベントスタッフのバイトしてた自分はアサヒビールのブースで仕事してました。

当時の代理店は東急エージェンシーで制作会社に降りてきて、スタッフ派遣会社から自分は入っててまあ、下っ端も下っ端、東急エージェンシーの扱いなんてもう人買いに売られてきた奴隷の様な扱いで…

まあ、そんな事はどうでもいいんだけど、アサヒビールの担当は打って変わっていい人で「普段ビール飲む?」「はい、大好きです」って言ったらじゃあお客さんに勧めるのに味知っておいた方がいいだろうって試飲缶を

東急のアホは「いや、そんな事しなくても結構です」その一言聞いて、心の中で「何言ってんだ馬鹿野郎」と舌打ち

ところがアサヒビールさん

この新商品に余程自信があったのか、我々の反応をみたい様で「いや、是非飲んでください」

その一押しで発売前のスーパードライ

いや、衝撃でしたね、あの美味さ

酒屋でバイトしてた経験もあって色々ビール飲んでましたが「こりゃ売れるだろうな」と、後の大ヒットを確信しました。

そりゃ、もう、その味知ってますからお客さん誘引するのにも力入りますよ。

おかげでアサヒビールのブースは大盛況。一緒に試飲してもらってたクアーズもドライの勢いにつられてどんどん試飲してもらって、冷やしても冷やしても追いつかず、休憩時間も多めとなりました。その時間よく話してたのが成瀬さん。関東の元気のいい女の子って感じで物怖じしないし、言葉も歯切れよくって話があったって言うか波長があったって言うか、その会期中ずっと仲良くしてもらった。当時は劇団員に上がったばかりで最高に貧乏な頃で、デートに誘う余裕すらなく、その場でサヨナラでしたが、彼女からもらったBOOWYのカセットテープは大切な思い出です

ちょっとまじめに

人は、なぜ群れたがるのだろう。
なぜ、自分で考えることよりも、他人と同じ方向を向くことを選ぶのだろう。

孤独は、誰もいないことではない。
孤独とは、自分と出会っていない状態のことだ。

多くの人は「孤独」を恐れる。
それは、古い記憶が体に刻まれているからだ。
かつて人は、群れの中でしか生き延びられなかった。
だから今も、群れから外れることに“死”のような恐怖を感じる。

しかし現代の孤独は、もう生存の危機ではない。
むしろ、思考する自由を取り戻す機会だ。
他人の声をいったん静め、自分の中に沈み込む。
そこには、誰かの評価ではなく、自分自身の声がある。

考えることは孤独な作業だ。
けれど、その孤独こそが、他人と真正面から向き合うための力になる。
群れに紛れている間は、他人を本当には見つめられない。

孤独を受け入れた人だけが、他者を理解できる。
それは冷たさではなく、静かな愛だ。

いま、世界は“つながる”ことに疲れている。
承認の洪水の中で、自分の輪郭を失ってしまった人々。
孤独を怖れ、孤立を恥じ、誰かの価値観に身を委ねる。
けれど、他人と比べて安心することは、決して幸せではない。
それは、心の貧困という名の依存だ。

孤独を楽しめる人は、もはや孤独ではない。
その人は自分の中に小さな灯を持っている。
世界の喧騒から少し離れ、その灯を見つめながら生きること。
それが、成熟した孤独だと思う。